秋田県の妖怪・怪談伝承 9選
秋田県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。
いわさきのかしまさま
岩崎の鹿島様
集落の入口に、高さ四メートルにもなる藁人形の巨神「鹿島様」が立つ。武神を象った人形道祖神で、悪霊や疫病が村へ入るのを睨みで防ぐと伝わる。約四百年前に疫病が流行した折、「村の入口に藁人形を立てよ」という神託に従って祀ったのが始まりという。岩崎地区では今も三体が鎮座し、年ごとに住民の手で衣替えが行われている。
出典・伝承元: 湯沢市岩崎地区の伝承・湯沢市の郷土資料
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
おがのなまはげ
男鹿のなまはげ
大晦日の男鹿半島では、鬼の面に藁蓑をまとったなまはげが「泣ぐ子はいねがー」と叫びながら家々を巡る。怠け者を戒め、災いを祓って新年の祝福をもたらす来訪神である。由来として、漢の武帝が連れてきた五匹の鬼が村を荒らしたという伝説が語られ、鬼にゆかりの深い真山神社では冬に「なまはげ柴灯まつり」が行われる。国の重要無形民俗文化財で、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている。
出典・伝承元: 男鹿の民俗行事(国重要無形民俗文化財)・真山神社の縁起
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
かわらげじごく
川原毛地獄
湯沢市の川原毛地獄は、恐山・立山と並ぶ日本三大霊地に数えられる。大同二年に月窓和尚が開いたと伝わり、草木の生えない灰白色の山肌のあちこちから硫気が噴き出す様は、まさにこの世の地獄絵図である。死者の魂が集まる山と信じられ、山中には血の池地獄や針山地獄など地獄になぞらえた名が残る。ふもとには三途川が流れ、川を渡って霊域へ入る構図そのものが、あの世の入り口として恐れられた名残である。
出典・伝承元: 現地の開山伝承(大同二年・月窓和尚)・湯沢市の伝承
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
ごしゃどうのおにのきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうだん
五社堂の鬼の九九九段
漢の武帝とともに海を渡って来た五匹の鬼が、年に一度里へ下りては作物を奪い娘をさらった。困った村人は「一晩で千段の石段を積めたら毎年娘を差し出す」と賭けを持ちかける。鬼が九百九十九段まで積み上げたそのとき、村人が鶏の鳴きまねをすると、鬼は夜明けと勘違いして山へ去り、二度と戻らなかったという。乱積みの石段は今も五社堂へ続き、ナマハゲの起源譚として語られる。
出典・伝承元: 赤神神社五社堂の縁起・男鹿の伝承
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
せんしゅうこうえんのよじろうぎつね
千秋公園の与次郎狐
秋田藩祖・佐竹義宣が久保田城を築いた際、住処を失った狐の与次郎が夢枕に立ち、城の守護と引き換えに棲み家を願い出たと伝わる。義宣に召し抱えられた与次郎は飛脚に化け、秋田と江戸の間を三日で駆けたという。しかしその俊足を妬んだ者の罠にかかって落命し、哀れんだ義宣が城内に與次郎稲荷神社を建てて霊を祀った。久保田城跡の千秋公園に社は今も残り、俊足の飛脚狐として親しまれている。
出典・伝承元: 與次郎稲荷神社の社伝
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
たいへいざんのさんきちおに
太平山の三吉鬼
秋田市の太平山三吉神社は、力の神・勝負の神として崇敬される三吉霊神の総本宮である。その眷属とされる三吉鬼は、人に交じって町の酒屋に現れては黙って大酒を飲み、翌朝、代金の代わりに一晩では運べぬほどの薪を戸口に積んで消えたと伝わる。義理堅い一方で驕る者を嫌い、悪口を言えば投げ飛ばされるとも恐れられた。今も冬の三吉梵天祭の勇壮な気風に、この鬼の力自慢が息づいている。
出典・伝承元: 秋田の口碑・太平山三吉神社の伝承
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
たざわこのたつこひめ
田沢湖のたつこ姫
仙北市の田沢湖には、永遠の若さと美貌を願った娘・辰子の伝説がある。観音のお告げに従って山の泉の水を飲んだ辰子は、たちまち龍の姿に変わり、湖の主として水底に沈んだ。娘を探しに来た母が投げた松明は魚になったと伝わる。冬でも湖が凍らないのは、八郎潟の八郎太郎が辰子のもとに通って共に暮らすためという。湖畔の潟尻には金色のたつこ像が立ち、伝説の乙女の姿を今に伝えている。
出典・伝承元: 田沢湖辰子姫伝説(三湖伝説・仙北市の口碑)
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
はちろうがたのはちろうたろう
八郎潟の八郎太郎
マタギの八郎太郎は、掟を破って仲間の分のイワナまで食べたところ激しい渇きに襲われ、谷川の水を飲み続けるうちに巨大な龍と化した。十和田湖を作って主となったが、南祖坊との争いに敗れて流浪し、ついに日本海側に大湖・八郎潟を作って棲みついたと伝わる。冬は田沢湖の辰子姫のもとへ通うため、主のいない八郎潟は凍り、田沢湖は凍らないという。十和田湖・八郎潟・田沢湖をつなぐ雄大な三湖伝説である。
出典・伝承元: 三湖伝説(秋田・青森の口碑)
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
みさきとうげのてながあしなが
三崎峠の手長足長
鳥海山に棲む手長足長は、山から海まで届くほどの長い手足で峠を行く旅人をさらい、沖の船を襲って食ったという。鳥海山の神が遣わした三本足の霊鳥が、化け物が現れると「有耶」、いなければ「無耶」と鳴いて知らせたことから、日本海に突き出た三崎の峠は「有耶無耶の関」と呼ばれた。旧街道の面影が残る三崎峠に、その関の名が今も伝わる。
出典・伝承元: にかほ市小砂川地区の伝承・秋田県の郷土資料
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
🏮 ヒャッキマップの夜の地図へ →