ヒャッキマップ

日本の妖怪・怪談伝承を、夜の地図で巡る

福岡県の妖怪・怪談伝承 8選

福岡県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。

きたのてんまんぐうのかっぱのて

北野天満宮の河童の手

河童・水の怪 📍 久留米市 北野町 北野天満宮 🕰 平安時代 怖さ 🏮🏮
菅原道真が大宰府へ下る途中、筑後川で河童に川へ引き込まれそうになり、その腕を切り落としたと伝わる。一説には、道真を追っ手から守ろうとした河童が腕を切られたともいう。切られた河童の手はミイラとして北野天満宮の宝物に今も伝わり、25年に一度公開されるという。
出典・伝承元: 北野天満宮の社伝・久留米市の郷土資料
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くぼてさん おにのいしだん

求菩提山 鬼の石段

📍 豊前市 求菩提山 🕰 不詳(中世の修験伝承) 怖さ 🏮🏮
求菩提山に近い犬ヶ岳には鬼が棲み、里へ下りては田畑を荒らし牛馬をさらった。困り果てた村人の願いを受けた求菩提権現は、鬼に「一夜で千段の石段を築けば願いを聞く」と難題を出す。鬼たちは夜明け前に九百段余りを積み上げたが、権現が鶏の鳴きまねをすると朝が来たと思い込み、山を下って逃げ去った。山には「鬼の石段」と呼ばれる約850段の乱積みの石段が今も残る。
出典・伝承元: 豊前市に伝わる求菩提山の鬼伝説
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だざいふのとびうめでんせつ

太宰府の飛梅伝説

その他の妖怪 📍 太宰府市 宰府 太宰府天満宮 🕰 平安時代 怖さ 🏮
昌泰4年(901)、讒言により大宰府へ左遷された菅原道真が「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花」と詠むと、都の屋敷の梅が主を慕って一夜のうちに大宰府まで飛んできたという。この梅と伝わる「飛梅」は今も天満宮本殿前に立ち、境内で最も早く咲くご神木として親しまれる。死後は怨霊と恐れられ、やがて天神として祀られた道真信仰の原点の地である。
出典・伝承元: 太宰府天満宮の社伝・『拾遺和歌集』
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ちくごがわのかっぱ・くせんぼう

筑後川の河童・九千坊

河童・水の怪 📍 久留米市 田主丸町(筑後川流域) 🕰 江戸時代 怖さ 🏮🏮
九州の河童の頭領・九千坊は九千匹の眷属を率いて肥後の球磨川にいたが、いたずらが過ぎて加藤清正に追われ、筑後川へ移り住んだと伝わる。以後は久留米水天宮の使いとして働き、川とともに生きる流域の人々に祀られてきた。「河童のふるさと」を名乗る田主丸には河童像や河童面が数多く残り、駅舎までもが河童の顔をしている。
出典・伝承元: 筑後川流域の九千坊伝説・田主丸の口碑
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はいぬづかのはいぬ

羽犬塚の羽犬

狐狸・獣の怪 📍 筑後市 羽犬塚 🕰 安土桃山時代 怖さ 🏮🏮
天正15年(1587年)、九州平定に向かう豊臣秀吉の大軍の前に、背に翼を生やした獰猛な犬が立ちはだかり、さんざん悩ませた末に討ち取られたという。その強さに感じ入った秀吉が塚を築いて葬ったのが地名「羽犬塚」の起こりと伝わる。実は秀吉がかわいがった愛犬だったとする正反対の異伝もあり、市内には翼を広げた羽犬の像が何体も立つ。
出典・伝承元: 筑後市の郷土資料(羽犬塚の地名由来伝承)
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はかたにあがったにんぎょ

博多に上がった人魚

海の怪 📍 福岡市博多区 冷泉町 龍宮寺 🕰 鎌倉時代(貞応元年・1222年) 怖さ 🏮🏮
貞応元年(1222)、博多津に巨大な人魚が揚がった。占いによって「国家長久の瑞兆」とされ、海辺の浮御堂と呼ばれた寺に手厚く葬られたという。この寺が後の龍宮寺で、寺名も人魚が竜宮から来たとの伝えにちなむ。寺には人魚の骨と絵図が今も伝わり、ビルが立ち並ぶ博多の街角に、海の怪異の記憶をひっそりと留めている。
出典・伝承元: 龍宮寺の縁起
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ひこさんのおおてんぐ・ぶぜんぼう

英彦山の大天狗・豊前坊

天狗 📍 田川郡添田町 英彦山 高住神社 🕰 不詳(中世の修験伝承) 怖さ 🏮🏮
修験道の霊山・英彦山の北岳中腹に鎮座する高住神社は「豊前坊」と呼ばれ、九州の天狗たちを束ねる大天狗・彦山豊前坊が棲むと伝わる。日本の名だたる大天狗の一柱に数えられ、信心深い者には願いを叶え、驕り高ぶる者には厳しい神罰を下すと恐れられた。杉の巨木が茂る岩壁下の社には、今も天狗への信仰が息づいている。
出典・伝承元: 英彦山修験の伝承・高住神社の社伝
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ふくおかじょうおつなもんのたたり

福岡城お綱門の祟り

幽霊・怨霊 📍 福岡市中央区 城内 舞鶴公園(福岡城跡) 🕰 江戸時代 怖さ 🏮🏮🏮🏮
江戸前期、福岡藩士の妻お綱は、夫がほかの女に心を移して家を顧みず、幼いわが子まで失った。悲嘆と怒りに狂乱したお綱は薙刀を手に城へ乗り込み、門前で斬り伏せられたと伝わる。以来その門は「お綱門」と呼ばれ、触れると祟りがあると城下の人々に恐れられた。門は現存しないが、伝承は福岡城跡の舞鶴公園に語り継がれている。
出典・伝承元: 福岡城下の口碑(お綱門伝説)
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