岐阜県の妖怪・怪談伝承 9選
岐阜県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。
いわむらじょうきりがいのじゃこつ
岩村城霧ヶ井の蛇骨
日本三大山城に数えられる岩村城は、霧が湧きやすいことから「霧ヶ城」の異名を持つ。城内の井戸・霧ヶ井には、敵が攻め寄せたとき城秘蔵の大蛇の骨を投げ込むと、たちまち霧が湧き出て城をすっぽりと覆い隠し、攻め手から城を守ったという伝説があり、江戸期の地誌『巌邑府誌』に記されている。恵那市岩村町の城跡には今もその井戸が残る。
出典・伝承元: 地誌『巌邑府誌』・恵那市観光協会
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
おにのくびづかのせきのたろう
鬼の首塚の関の太郎
鎌倉の初め、鬼岩の岩窟に「関の太郎」という鬼が棲み、里へ下りては乱暴を重ねたと伝わる。蟹薬師と呼ばれる願興寺の薬師如来の力で捕らえられ首を討たれたが、その首を運ぶ途中、寺の近くで急に重くなって動かせなくなり、やむなくその場に葬ったのが中山道御嶽宿近くの鬼の首塚だという。葬られた鬼はのちに土地の守り神になったと語られる。
出典・伝承元: 願興寺の寺記『大寺記』・御嵩町観光協会
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
くちさけおんな
口裂け女
マスク姿の女が「わたし、きれい?」と問いかけ、答えれば耳まで裂けた口を見せて追いかけてくる——。昭和53年末に岐阜県で語られ始めたこの噂は、昭和54年1月の岐阜日日新聞の報道を機に全国の子どもを震え上がらせ、各地でパトカーの出動や集団下校が行われるほどの騒ぎとなった。初期の噂の舞台としては本巣郡真正町(現・本巣市)や八百津町などが伝えられる。「ポマード」と唱える、べっこう飴を渡すといった対処法も一緒に広まり、戦後を代表する都市伝説となった。
出典・伝承元: 昭和54年の新聞報道に始まる口承(岐阜県発祥説)
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
げろおんせんのしらさぎでんせつ
下呂温泉の白鷺伝説
文永2年、山の上に湧いていた下呂の湯が突然涸れてしまった。翌年、飛騨川の河原に一羽の白鷺が舞い降り、村人が近づくと、そこには新しい源泉がこんこんと湧いていたという。白鷺は中根山の松に止まって姿を消し、その木の下には薬師如来の像が残されていた。人々は白鷺を薬師如来の化身と信じ、像を祀った薬師堂が今の温泉寺の起こりと伝わる。
出典・伝承元: 温泉寺の縁起
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
こうかさんのようまさるとらへび
高賀山の妖魔さるとらへび
平安中期の天暦年間、高賀山に猿の頭・虎の胴・蛇の尾を持つ妖魔が棲みつき、里人を脅かしたという。朝廷から遣わされた藤原高光は、まず高賀山の社で七昼夜にわたり退治を祈願し、山麓に六つの社を建てたうえで妖魔を射止めたと伝わる。鵺を思わせるこの怪物は「さるとらへび」と呼ばれ、高賀神社をはじめとする高賀六社の創建縁起として語り継がれている。
出典・伝承元: 高賀神社の縁起(『高賀宮記録』)
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
ひがししらかわむらのつちのこ
東白川村のつちのこ
槌のように胴が太い謎の蛇「つちのこ」の目撃談が、東白川村では古くから相次いできた。平成に入ると村を挙げた捜索イベント「つちのこフェスタ」が毎年開かれるようになり、捕獲者への懸賞金は年々積み上がって百万円を超える。村には日本で唯一の資料館「つちのこ館」もあり、未確認動物が村おこしの主役となった全国でも珍しい土地である。
出典・伝承元: 東白川村役場・つちのこ館
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
ひだのりょうめんすくな
飛騨の両面宿儺
『日本書紀』仁徳天皇紀には、一つの胴に二つの顔と四本ずつの手足を持つ怪人・両面宿儺が飛騨に現れ、皇命に従わなかったため討たれたと記される。ところが地元飛騨では、宿儺は救世観音の化身として民を導き、袈裟山千光寺を開いた英雄と伝えられてきた。寺には江戸時代に円空が刻んだ両面宿儺像が伝わり、正史の怪物と土地の守り神という二つの顔を今に伝える。
出典・伝承元: 『日本書紀』・千光寺の縁起
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
やしゃがいけのりゅうじんとやしゃひめ
夜叉ヶ池の龍神と夜叉姫
弘仁8年の大旱魃の折、郡司の安八太夫が「雨を降らせてくれるなら娘を嫁がせよう」と小蛇につぶやくと、その夜たちまち雨が降った。約束どおり若者に化した龍神のもとへ末娘が嫁ぎ、山上の池に沈んで自らも龍と化したと伝わる。娘は夜叉姫、池は夜叉ヶ池と呼ばれ、揖斐川町坂内には姫を祀る夜叉龍神社が建つ。泉鏡花の戯曲「夜叉ヶ池」の題材にもなった。
出典・伝承元: 揖斐川町の伝承・夜叉龍神社の社伝
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
ようろうのたきのこうしでんせつ
養老の滝の孝子伝説
奈良時代、貧しい樵の源丞内が年老いた父に酒を飲ませたいと願っていたところ、山中で酒の香りのする滝水に出会い、汲んで帰ると父は大いに喜んだという。この孝行譚は『十訓抄』や『古今著聞集』に載り、元正天皇が霊泉を訪れて元号を「養老」と改めたと伝わるほどの評判となった。滝と菊水泉は今も養老公園の名所で、若返りの水の伝説とともに親しまれている。
出典・伝承元: 『十訓抄』『古今著聞集』
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
🏮 ヒャッキマップの夜の地図へ →