群馬県の妖怪・怪談伝承 10選
群馬県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。
あかぎこぬまのぬしとなったむすめ
赤城小沼の主となった娘
赤堀(現在の伊勢崎市赤堀)の郷士・赤堀道元の一人娘は、十六の年に赤城山へ登り、小沼の水に引き込まれるように姿を消して、沼の主の大蛇になったと伝わる。悲しんだ家の者が赤飯を重箱に詰めて沼に沈めると、中身だけが受け取られて空の重箱が浮かび上がったといい、以来、娘の供養にと赤飯を供える習わしが長く続いた。火口湖の小沼と上州の里を結ぶ、群馬を代表する蛇身譚である。
出典・伝承元: 前橋市・伊勢崎市の郷土資料(赤堀道元の娘の伝説)
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あかぎやまのおおむかで
赤城山の大ムカデ
赤城山の神は大ムカデ、日光男体山の神は大蛇に化し、中禅寺湖をめぐって戦場ヶ原で戦ったと伝わる。日光側では赤城の神は敗れたと語られるが、上州側には配役が逆転し、大蛇の赤城の神が勝つ伝えも残るなど、両山の神戦譚は土地ごとに姿を変えて語り継がれてきた。山頂カルデラの大沼のほとりには赤城神社が鎮座し、ムカデを神の使いとして敬う風習も伝わる。
出典・伝承元: 『日光山縁起』・赤城神社の伝承
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いそべおんせんのしたきりすずめ
磯部温泉の舌切り雀
昔話「舌切り雀」の発祥地と伝わる温泉場。糊をなめた罰に婆へ舌を切られた雀を爺が竹やぶの「雀のお宿」に訪ね、小さなつづらを土産に選んで福を得る——そのお宿が磯部にあったと言い伝えられてきた。明治の児童文学者・巌谷小波が土地の伝承に折り紙をつけたことで「舌切雀発祥の地」として知られるようになり、碓氷川沿いの温泉街には記念碑や句碑が立ち、雀にちなむ宿も暖簾を守っている。
出典・伝承元: 安中市・磯部温泉の観光資料(舌切雀発祥の地伝承)
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いわがみのとびいし
岩神の飛石
住宅街に高さ約10メートルの溶岩の巨岩が忽然とそびえる。浅間山の噴火で飛んできた石と伝えられ、実際の調査でも浅間山起源の岩が約2万4千年前の泥流で運ばれたものと確認された。石垣に使おうと石工がノミを入れたところ岩から血が流れ、祟りで石工が命を落としたという伝承があり、以来誰も割ろうとせず、岩神稲荷神社の御神体として祀られている。
出典・伝承元: 岩神稲荷神社の口碑
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おいがみおんせんのへびがみ
老神温泉の蛇神
日光の神との争いに敗れ傷ついた赤城の神は、大蛇の姿でこの地に退き、地に矢を突き立てると湯が湧き出したと伝わる。湯で傷を癒した蛇神は力を取り戻し、攻め寄せる日光の神を追い返した。神を追ったことから「追神」、転じて老神の名になったという。温泉街では毎年5月に大蛇まつりが開かれて大蛇みこしが練り歩き、巳年には全長108メートル、ギネス世界記録認定の大蛇も登場する。
出典・伝承元: 老神温泉の縁起(地名由来譚)
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かしょうざんのてんぐ
迦葉山の天狗
迦葉山弥勒寺を中興した天巽禅師のもとで修行した中峰尊者は、悟りを開くと「我は迦葉仏の化身なり」と告げ、天狗の姿となって山に身を隠したと伝わる。以来、迦葉山は日本三大天狗に数えられる天狗の霊山となった。堂の天狗面を借りて持ち帰り、願いが叶えば新しい面を添えて返す「お借り面」の風習が続き、拝殿には顔の丈6.5メートルの大天狗面が鎮座する。
出典・伝承元: 迦葉山弥勒寺縁起
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しらたきじんじゃのしらたきひめ
白瀧神社の白滝姫
桓武天皇の頃、上野国山田郡の男が宮仕えの白滝姫に歌の才を認められて恋を実らせ、帝の許しを得て姫を桐生の里へ連れ帰ったと伝わる。姫は人々に養蚕と機織りの技を教え、織物の町・桐生のはじまりを築いた織姫として崇められた。死後は機の神として白瀧神社に祀られ、境内の巨石「降臨石」に耳を当てると機を織る音が聞こえたという。心ない者が土足で石に登って以来、その音は止んだと語られる。
出典・伝承元: 白瀧神社の縁起・桐生市の郷土資料(日本遺産「かかあ天下」構成文化財)
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はるなこのきべひめ
榛名湖の木部姫
戦国の世、木部城主ゆかりの姫が、落城あるいは夫の討死を悟って侍女とともに榛名山へ逃れ、榛名湖に身を投げて大蛇(龍神)と化し、湖の主になったと伝わる。従った腰元は蟹に生まれ変わったという話も添えられる。以来、湖では姫の化身の大蛇の伝えが語り継がれ、湖畔の社は入水した姫が転生した龍神を祀るという。麓の高崎市木部町の地名が伝説の名の由来である。
出典・伝承元: 榛名湖の木部姫伝説(口碑)
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ほうしゃくじのおきくでんせつ
宝積寺のお菊伝説
戦国の頃、国峯城主・小幡氏の奥に仕えた侍女お菊は、殿の寵愛を受けたことから奥方らの妬みを買い、膳に針を仕込んだという濡れ衣を着せられた。蛇や百足とともに樽に入れられて菊ヶ池に沈められ、十九歳で非業の死を遂げると、小幡家では祟りと噂される変事が続いたという。菩提寺の宝積寺には菊女の墓が立ち、後世には観音像も建てられて供養が続けられている。皿屋敷型お菊伝説の源流の一つともいわれる。
出典・伝承元: 宝積寺の寺伝(菊女の墓)・甘楽町の郷土資料
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もりんじのぶんぶくちゃがま
茂林寺の分福茶釜
茂林寺の老僧・守鶴が愛用した茶釜は、いくら汲んでも湯の尽きない不思議な釜だった。守鶴の正体は数千年を生きた狸(貉)で、うたた寝中に尻尾を見られて正体が露見した後も寺に仕え、やがて名残を惜しみつつ去ったと寺は伝える。この縁起がおとぎ話「ぶんぶく茶がま」の元になったとされ、寺には今も茶釜が安置され、参道には狸像がずらりと出迎える。
出典・伝承元: 茂林寺縁起
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