広島県の妖怪・怪談伝承 8選
広島県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。
いつくしまのおがらす
厳島の神烏
推古天皇元年、佐伯鞍職が神託を受けて市杵島姫命を祀る地を探した際、一羽の神烏が現れて御笠浜へ先導し、厳島神社創建の地が定まったと社伝は伝える。以来、烏は宮島の神使とされ、養父崎の沖に粢団子を浮かべるとつがいの神烏が受け取りに来る「御烏喰式」の神事が受け継がれてきた。神の島の始まりを告げる、縁起のよい烏の伝承である。
出典・伝承元: 厳島神社社伝・『厳島図会』
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えんこうがわのえんこう
猿猴川の猿猴
広島城下の東を流れる猿猴川には、猿に似た姿の河童の一種「猿猴」が棲むと恐れられた。水辺で遊ぶ子どもを水中へ引き込み、尻子玉を抜くという。川の名も広島駅近くに架かる猿猴橋の名もこの水怪に由来し、橋のたもとには猿猴の意匠が残る。にぎやかな駅前の水辺に、江戸の昔の水の怪の記憶が地名として息づいている。
出典・伝承元: 広島城下の伝承(猿猴川・猿猴橋の名の由来)
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おんばしのおにでんせつ
雄橋の鬼伝説
帝釈峡の谷をまたぐ雄橋は、石灰岩が浸食されてできた長さ九十メートルの天然橋で、国の天然記念物に指定される。土地では、帝釈天に仕える鬼たちが一夜のうちに架けた橋と伝えられ、峡谷には鬼が突き破ったという岩壁「鬼の唐門」や「鬼の窓」も残る。人の業とは思えぬ巨大な石の橋のありさまが、山峡の鬼伝説を生んだ。
出典・伝承元: 帝釈峡の伝承(庄原市・観光協会の紹介)
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せんこうじのたまのいわ
千光寺の玉の岩
尾道の千光寺境内にそびえる巨岩「玉の岩」の頂には、昔、夜ごと光を放つ宝玉があり、行き交う船の目印として海を照らしたと伝わる。玉は異国人に持ち去られた、あるいは海に落ちたともいい、今は岩の頂に代わりの宝珠が据えられている。港町尾道を照らした光の記憶は、尾道水道を見下ろす岩とともに語り継がれている。
出典・伝承元: 千光寺の縁起・尾道市観光協会の紹介
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とものうらのささやきばし
鞆の浦のささやき橋
応神天皇の御代、鞆の港に滞在する百済からの客人を接待した官吏・武内和多利と官妓・江の浦は恋に落ち、夜ごと橋の上で逢瀬を重ねた。役目を怠った罪で二人は海に沈められたが、以来、橋のあたりでは夜になると恋人たちのささやき声が聞こえたという。今は鞆の町なかに「ささやき橋」の碑が立ち、日本最古級の悲恋怪談として語り継がれる。
出典・伝承元: 鞆の浦の伝承(福山市観光資料)
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ひばやまのひばごん
比婆山のヒバゴン
昭和四十五年頃から、比婆山山麓の旧西城町油木地区などで、身長約一・六メートルの類人猿のような獣の目撃が相次いだ。頭は逆三角形で黒い毛に覆われていたといい、町役場が「類人猿相談係」を設けて調査する騒ぎとなった。数年で目撃は途絶え正体は謎のままだが、ヒバゴンは今や町の愛されキャラクターとなり、比婆山の深い森が生んだ昭和の怪として語り継がれる。
出典・伝承元: 昭和45年当時の新聞報道・旧西城町役場の記録
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みせんのてんぐのひょうしぎ
弥山の天狗の拍子木
厳島神社の背後にそびえる霊峰・弥山には「七不思議」が伝わり、その一つが深夜の山中に響く拍子木の音である。誰もいないはずの山で乾いた音が鳴るのは天狗の仕業と伝えられる。七不思議には、旧正月の夜ごと海上に無数の怪火がともり、山上の大杉から最もよく見えたという「龍燈の杉」も数えられる。弘法大師開山以来の聖地ゆえ、山の異変はみな天狗や龍に結びつけられてきた。
出典・伝承元: 宮島観光協会「弥山の七不思議」・大聖院の伝承
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みよしのいのうもののけろく
三次の稲生物怪録
寛延二年、三次の少年武士・稲生平太郎が肝試しで比熊山のたたり岩に登った後、屋敷には三十日間、夜ごと怪異が押し寄せた。大石が降り、逆さの女が這い、家鳴りが轟いても少年は動じず、最後の夜に魔王・山本五郎左衛門が現れて勇気を称え、木槌を残して去ったという。実録風の絵巻『稲生物怪録』として写本が全国に広まり、比熊山麓の三次町には妖怪の博物館も立つ。
出典・伝承元: 『稲生物怪録』(江戸期の実録絵巻・写本多数)
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