ヒャッキマップ

日本の妖怪・怪談伝承を、夜の地図で巡る

茨城県の妖怪・怪談伝承 9選

茨城県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。

うしくぬまのかっぱ

牛久沼の河童

河童・水の怪 📍 龍ケ崎市 佐貫町 牛久沼 🕰 不詳 怖さ 🏮🏮
牛久沼には古くから河童が棲むといわれ、いたずらをして捕らえられ松の木に縛られた河童が、二度と悪さをしないと泣いて詫び、沼へ帰されたという昔話が伝わる。沼のほとりに暮らした日本画家・小川芋銭は河童の絵を描き続け「河童の芋銭」と呼ばれた。牛久側の畔には河童の碑が立ち、かっぱの小径と名づけられた遊歩道もあって、河童は今もこの沼一帯のシンボルになっている。
出典・伝承元: 牛久沼の口碑・河童の碑(小川芋銭ゆかり)
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おおみかじんじゃのしゅくこんせき

大甕神社の宿魂石

その他の妖怪 📍 日立市 大みか町 大甕神社 🕰 神代 怖さ 🏮🏮🏮
国譲りの神話で最後まで従わなかった星の神・甕星香々背男は、織物の神・建葉槌命に鎮められ、その荒魂は岩山・宿魂石に封じられたと伝わる。岩は天に届くほど巨大化したが蹴り砕かれ、欠片が各地へ飛んだという話も残る。大甕神社の本殿は今もこの岩山の頂に建ち、岩肌を踏んで登る参道そのものが、まつろわぬ星神の封印の上を歩く道になっている。
出典・伝承元: 大甕神社社伝・『日本書紀』
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おなばけはらのきつねにょうぼう

女化原の狐女房

狐狸・獣の怪 📍 龍ケ崎市 馴馬町 女化神社(女化原) 🕰 戦国時代 怖さ 🏮🏮
猟師に狙われた狐を若者・忠五郎が助けたところ、狐は女に化けて忠五郎のもとへ嫁ぎ、三人の子をもうけた。だが昼寝の折に尻尾を見られて正体が知れ、「みどり子の母はと問はば女化の原に泣く泣く臥すと答へよ」の歌を残して野へ帰ったという。この悲しい狐女房譚が「女化原」の地名の由来とされ、原の中に建つ女化神社(龍ケ崎市の飛び地に鎮座)は今も稲荷信仰を集めている。
出典・伝承元: 女化神社の縁起・龍ケ崎市の郷土資料
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かさねがふち

累ヶ淵

幽霊・怨霊 📍 常総市 羽生町 法蔵寺 🕰 江戸時代 怖さ 🏮🏮🏮🏮🏮
江戸前期、鬼怒川べりの羽生村で、夫に殺された女・累の怨霊が後妻の娘に取り憑き、一家に祟り続けたと伝わる。憑依を解いたのは名僧・祐天上人で、この除霊譚は仮名草子『死霊解脱物語聞書』に記され、のちに三遊亭円朝の怪談噺「真景累ヶ淵」や歌舞伎の題材となった。羽生町の法蔵寺には累一族の墓が残り、近くの鬼怒川の淵が累ヶ淵と呼ばれる。
出典・伝承元: 『死霊解脱物語聞書』
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だいだらぼうのかいづか

ダイダラボウの貝塚

山の怪 📍 水戸市 塩崎町 大串貝塚 🕰 奈良時代 怖さ 🏮
『常陸国風土記』は、丘の上に座ったまま海辺のハマグリを手繰り寄せて食べた巨人の話を載せ、食べ殻が積もって丘になったと記す。その舞台とされるのが大串貝塚で、文献に記録された貝塚としては世界最古級とされる。巨人はダイダラボウの名で親しまれ、貝塚に隣接する公園には高さ15メートルあまりの巨人像がそびえ、体内に入って展望もできる。
出典・伝承元: 『常陸国風土記』
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たいらのまさかどのおんりょう

平将門の怨霊

幽霊・怨霊 📍 坂東市 岩井 国王神社 🕰 平安時代 怖さ 🏮🏮🏮🏮
平安中期、関東に独立政権を打ち立て「新皇」を名乗った平将門は、討たれて京で首をさらされた。その首は東国めざして飛び去ったと語られ、以来、日本を代表する怨霊として恐れられてきた。本拠地の岩井には、三女の如蔵尼が父を弔って建てたと伝わる国王神社が鎮座し、近くの神田山には胴を葬った胴塚が残る。地元では将門は今も郷土の英雄である。
出典・伝承元: 『将門記』・国王神社社伝
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たまつくりのやとのかみ

玉造の夜刀神

龍・大蛇 📍 行方市 玉造 夜刀神社(愛宕神社境内) 🕰 古墳時代(継体天皇の頃) 怖さ 🏮🏮🏮
『常陸国風土記』行方郡の条に載る蛇身の神。継体天皇の頃、箭括麻多智が谷の葦原を開くと、頭に角を生やした蛇神・夜刀神が群れをなして妨げた。麻多智は甲冑をまとってこれを打ち払い、山の入口に標の杖を立てて「ここより上は神の地、下は人の田」と境を定め、社を建てて祀ったという。行方市玉造の愛宕神社境内に夜刀神社が残り、傍らには後日談の舞台となった泉・椎井池が今も湧いている。
出典・伝承元: 『常陸国風土記』行方郡条
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てつぎじんじゃのかっぱ

手接神社の河童

河童・水の怪 📍 小美玉市 与沢 手接神社 🕰 室町時代 怖さ 🏮
芹沢村の領主・芹沢氏(新選組の芹沢鴨の先祖と伝わる)が川辺を通ると、河童が愛馬を水中へ引き込もうとしたため、その腕を切り落とした。夜、屋敷に河童が現れて腕を返してほしいと詫び、返礼として秘伝の接骨薬の製法を伝えたという。後にこの河童が死んでいるのを見つけた領主は哀れんで祠を建て、手厚く祀った。それが手接神社の始まりとされ、今も手の病に霊験ありと手袋や手形が奉納されている。
出典・伝承元: 手接神社の社伝・小美玉市の郷土資料
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やとのかみ

夜刀神

龍・大蛇 📍 行方市 玉造甲 夜刀神社(愛宕神社境内) 🕰 奈良時代 怖さ 🏮🏮🏮
『常陸国風土記』行方郡の条に載る、頭に角を持つ蛇神。谷の田を開こうとした箭括麻多智の前に群れをなして現れ開墾を妨げたが、麻多智は境の堀に杖を立て、ここより上は神の地、下は人の田と宣言し、社を建てて夜刀神を祀ったという。人と神が土地を分け合う日本最古級の開拓伝承で、玉造の愛宕神社の境内には今も夜刀神社の祠が鎮座する。
出典・伝承元: 『常陸国風土記』
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