三重県の妖怪・怪談伝承 9選
三重県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。
あかめしじゅうはったきのあかめうし
赤目四十八滝の赤目牛
約千三百年前、修験道の祖・役行者がこの渓谷で滝に向かって行を修めていると、赤い目の牛に乗った不動明王が現れたと伝わり、これが「赤目」の地名の由来になったという。滝の入口に建つ延寿院には赤目不動尊が祀られ、日本不動三体仏の一つに数えられる。大小の滝が連なる渓谷は伊賀流忍者の修行の地とも伝わる霊域である。
出典・伝承元: 延寿院の縁起・名張市の観光資料
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あこぎへいじのぼうれい
阿漕平治の亡霊
阿漕ヶ浦は伊勢神宮に供える魚を獲るための禁漁の海だった。漁師の平治は病む母に効くという魚ヤガラを求めて夜ごと網を打ったが、浜に忘れた笠から名が知れ、簀巻きにされて海に沈められた。以来、夜の浦から泣き声や網を打つ音が響き、聞いた者は病んだという。亡魂を鎮めるため建てられた阿漕塚が今も残り、能や歌舞伎の題材にもなった。
出典・伝承元: 謡曲『阿漕』・『勢陽雑記』・津市の郷土資料
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あさまやまのたけまいり
朝熊山の岳参り
伊勢志摩の人々は、死者の魂は朝熊山に登ってゆくと信じてきた。身内を亡くした家は葬儀のあと「岳参り」と称して山上の金剛證寺奥之院に詣で、故人の名を記した卒塔婆を立てて供養する。参道の両脇に立ち並ぶ無数の卒塔婆の林は、死者の気配に満ちた静謐な空間である。「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」と俚謡に歌われ、伊勢神宮の鬼門を守る寺としても知られる。
出典・伝承元: 朝熊岳金剛證寺の岳参り習俗・伊勢志摩の民俗
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あまをまどわすともかづき
海女を惑わすトモカヅキ
志摩の海女は、海の底で自分とうり二つの海女に出会うことがあるという。それがトモカヅキで、微笑みながらアワビを差し出すが、受け取れば二度と海面に戻れない。相差など海女の町では、この魔物から身を守るため、磯手拭いや道具に星形のセーマンと格子縞のドーマンの魔除け印を記す風習が今も生きている。岩田準一『志摩の海女』などの民俗誌に記録された、海女文化を代表する怪異である。
出典・伝承元: 岩田準一『志摩の海女』等の民俗誌
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うしおにぶちのうしおに
牛鬼淵の牛鬼
宮川源流の父ヶ谷の奥、深く淀んだ淵には顔が牛で体が鬼という牛鬼が棲むと恐れられた。山小屋に泊まる木こりのもとへ夜ごと男が現れて鋸を覗き込むが、老木こりが魔物をも断つ「鬼刃」を見せると消えたという。その刃が折れた晩、小屋に残った若い木こりは姿を消し、淵には着物だけが浮いていたと語られる。昔話「牛鬼淵」として知られる山の怪談である。
出典・伝承元: 大台町・宮川流域の口承(『まんが日本昔ばなし』「牛鬼淵」)
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すずかとうげのきしんおおたけまる
鈴鹿峠の鬼神大嶽丸
東海道の難所・鈴鹿峠には鬼神・大嶽丸が棲み、雲や雷を自在に操って旅人を襲ったと御伽草子『田村の草子』に語られる。朝廷の命を受けた坂上田村麻呂は、鈴鹿山の天女・鈴鹿御前と力を合わせ、激闘の末にこの鬼を討ち取ったという。大嶽丸は酒呑童子や玉藻前と並び称される大妖怪で、峠の三重県側に建つ片山神社は、鈴鹿御前を鈴鹿権現として祀ってきたと伝わる。
出典・伝承元: 『田村の草子』等の田村麻呂伝説
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そみんしょうらいとまつしたしゃ
蘇民将来と松下社
旅の途中で宿を乞うた武塔神(スサノオ)を、裕福な弟の巨旦将来は断り、貧しい兄の蘇民将来は粟飯で手厚くもてなした。神は礼として茅の輪を授け、「蘇民将来之子孫」と記せば子孫まで疫病を免れると告げたという。二見の松下社はこの蘇民将来ゆかりの社と伝わり、鎮守の森は蘇民の森と呼ばれる。伊勢の家々が「蘇民将来子孫家門」の木札を付けた注連縄を一年中掲げる風習は、この伝説に由来する。
出典・伝承元: 『備後国風土記』逸文・松下社の社伝
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なきりのだんだらぼっち
波切のダンダラボッチ
志摩・大王崎の沖に浮かぶ大王島には、片眼片足の巨人ダンダラボッチが棲み、村の娘をさらい、神通力で大風や大波を起こして船を沈めたと伝わる。困り果てた波切の村人は畳よりも大きな大わらじを作って海に流し、「村にはこんな大男がいるぞ」と信じ込ませて巨人を退散させた。波切神社では今も九月の申の日に大わらじを沖へ流す「わらじ曳き」が営まれ、三重県の無形民俗文化財となっている。
出典・伝承元: 波切神社「わらじ曳き」の由来伝承(三重県指定無形民俗文化財)
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よっかいちのおおにゅうどう
四日市の大入道
江戸時代の四日市桶之町で、醤油屋の蔵に住み着いた古狸が大入道に化けて夜ごと人を脅かした。町の人々は対抗して大入道の人形を作ったが、狸はさらに大きく化けてみせる。そこで首がするすると伸びるからくりを仕込んで見せつけると、狸はついに降参して逃げ去ったと伝わる。文化二年に生まれたからくり山車「大入道」は全高約九メートルと日本一を誇り、今も祭りで首を伸ばして観衆を沸かせる。
出典・伝承元: 四日市祭の由来譚(三重県に伝わる民話)
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