長崎県の妖怪・怪談伝承 8選
長崎県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。
いき おにのあしあと
壱岐 鬼の足跡
壱岐島西端・牧崎の草原には、周囲約110mの巨大な穴がぽっかりと口を開けている。デイと呼ばれる大鬼が鯨をすくい捕ろうと踏ん張った際にできた足跡と伝わり、対になる足跡は約10km離れた辰ノ島の蛇ヶ谷に残るという。壱岐には百合若大臣の鬼退治譚も語り継がれ、島のあちこちに鬼のつく地名が残る、鬼と縁の深い島である。
出典・伝承元: 壱岐の口碑(壱岐市観光連盟の紹介)
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おおおとこみそごろう
大男みそ五郎
島原半島には、西有家の高岩山をすみかに、雲仙岳に腰かけて有明海で顔を洗ったという大男みそ五郎の伝説が残る。みそが好物でその名が付き、山を切り開いて畑を造り農作業を手伝うなど人々を助けたと伝わる。西有家町の南島原市役所には巨大なみそ五郎像が立ち、秋にはみそ五郎まつりでにぎわう。
出典・伝承元: 南島原市の郷土資料(旧西有家町の民話)
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こうげんじのうぶめのゆうれい
光源寺の産女の幽霊
江戸のころ、長崎の飴屋に夜ごと青白い顔の女が飴を買いに来た。不審に思った店主が後をつけると女は墓地で姿を消し、土の中から赤子の泣き声がした。掘り返すと、墓の中で産まれた子が飴をなめて生きていたという。母の霊は礼にと湧き水の在り処を教えたと伝わり、光源寺には「産女の幽霊像」が残され、毎年8月の盆に公開されている。
出典・伝承元: 光源寺に伝わる産女の幽霊(飴買い幽霊)の伝承
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させぼのめがねいわとおおおに
佐世保の眼鏡岩と大鬼
高さ約10m、幅約20mの岩壁に二つの大穴が開き、眼鏡のように見える奇岩。その昔、大きな鬼が石盛岳を枕に昼寝をし、目覚めて大きく伸びをした拍子に、両足が岩を突き破って穴が開いたと伝わる。平戸藩が選んだ景勝地「平戸八景」の一つで、延暦23年(804)には唐へ渡る途中の空海が立ち寄り、岩面に観音像と梵字を刻んだとも伝えられる。
出典・伝承元: 佐世保に伝わる口碑・平戸八景
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さばくさらかしいわ
鯖くさらかし岩
長崎街道沿いの崖の上に、今にも転げ落ちそうな大岩が突き出ている。魚売りの行商人が「あの岩が落ちてから通ろう」と待ち続けるうち、担いでいた鯖がすっかり腐ってしまったという話から「鯖くさらかし岩」の名が付いた。正式には継石坊主と呼ばれ、落ちそうなまま何百年も落ちない不思議な岩として、街道を行き交う旅人に語り継がれてきた。
出典・伝承元: 時津町の口碑(長崎街道の伝承)
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さるいわといきのはっぽんばしら
猿岩と壱岐の八本柱
壱岐の島は生きて動く「生き島」で、どこかへ流されてしまわぬよう、神々が八本の柱を立てて繋ぎ止めたと伝わる。黒崎半島の突端にそびえる高さ四十五メートルの猿岩は、その柱の一本の名残だという。横から見るとそっぽを向いた猿に瓜二つの玄武岩の断崖で、国生み神話で五番目に生まれた島とされる壱岐らしい、雄大な創世の伝承を今にとどめている。
出典・伝承元: 壱岐市観光連盟の紹介・壱岐の島に伝わる八本柱伝承
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みいらく みみらくのしま
三井楽 みみらくの島
五島・福江島の三井楽は古くは「みみらくの島」と呼ばれ、亡くなった人の姿を遠くから見ることができる場所と信じられた。『蜻蛉日記』の作者藤原道綱母は、亡き母を偲んでこの島を歌に詠んでいる。遣唐使船の日本最後の寄港地でもあり、都の人々にとって生と死の境に最も近い西の果てであった。岬には「辞本涯」の碑が立つ。
出典・伝承元: 『蜻蛉日記』・五島市三井楽の伝承
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わたつみじんじゃのりゅうぐうでんせつ
和多都美神社の龍宮伝説
海神豊玉彦命がこの地に宮を構えたといい、兄の釣り針を探す山幸彦が辿り着き、海神の娘豊玉姫と結ばれた「海幸山幸」神話の舞台と伝わる。社殿の前から5基の鳥居が一直線に海へ延び、満潮時には2基が海中に立つ姿は、まさに龍宮の入口を思わせる。境内の磐座は豊玉姫の墓と伝えられ、静かな入江とともに祈りの場として守られてきた。
出典・伝承元: 和多都美神社の社伝
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