ヒャッキマップ

日本の妖怪・怪談伝承を、夜の地図で巡る

大分県の妖怪・怪談伝承 8選

大分県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。

きりかぶさんのおおくす

伐株山の大楠

山の怪 📍 玖珠郡玖珠町 山田 伐株山 🕰 奈良時代(『豊後国風土記』) 怖さ 🏮
玖珠盆地にそびえる頂の平らな伐株山は、天を覆うほど大きな楠の切り株の跡だと伝わる。大楠の影が里を暗くして作物が実らないため、キキリベットという大男の樵が何日もかけて切り倒したという昔話が残る。奈良時代の『豊後国風土記』にも巨大な樟の木が郡名「玖珠」の由来として記された由緒正しい巨木伝説で、机のような山容がいかにも切り株めいて楽しい。
出典・伝承元: 『豊後国風土記』・玖珠町の郷土資料
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
くまのまがいぶつとおにがきずいたいしだん

熊野磨崖仏と鬼が築いた石段

📍 豊後高田市 田染平野 熊野磨崖仏 🕰 平安時代(磨崖仏)・伝承は不詳 怖さ 🏮🏮
日本最大級の磨崖仏である不動明王と大日如来へ続く急峻な乱積みの石段は、鬼が一夜で積み上げたと伝わる。人を食う鬼が権現から「一晩で石段を築き終えれば望みを叶える」と約束させられ、完成間際に鶏の鳴きまねをされて逃げ去ったという。鬼を仏に仕える存在とみなす国東半島の六郷満山文化では、鬼は恐れられつつも福を運ぶものとして今も祭りに登場する。
出典・伝承元: 六郷満山の伝承・豊後高田市の口碑
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
ごうがんじのあかかべ

合元寺の赤壁

幽霊・怨霊 📍 中津市 寺町 合元寺 🕰 安土桃山時代(天正17年・1589年) 怖さ 🏮🏮🏮🏮
天正17年(1589)、中津城で謀られて果てた城井谷の領主宇都宮鎮房の従者たちは、この寺に籠もり最後まで戦って討ち死にした。以来、門前の白壁には血の痕が浮かび、何度塗り替えても消えなかったため、ついに壁そのものを赤く塗ったと伝わる。寺は「赤壁寺」と呼ばれ、大黒柱には当時の刀傷が残るという。中津の城下町屈指の怪異譚である。
出典・伝承元: 合元寺の寺伝
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
そぼさんのだいじゃとおがたいちぞく

祖母山の大蛇と緒方一族

龍・大蛇 📍 豊後大野市 祖母山 🕰 平安時代 怖さ 🏮🏮🏮
豊後大野の長者の娘のもとに、夜ごと美しい男が通ってきた。正体を確かめようと男の着物の裾に針を刺し、苧環の糸をたどっていくと、祖母山の岩屋に棲む大蛇に行き着いたという。娘が産んだ子は大神惟基と名づけられ、その子孫が源平合戦で活躍した豪族・緒方三郎惟栄と語られる。蛇神の血を引く一族の物語は『平家物語』緒環の段に記された。
出典・伝承元: 『平家物語』(緒環)
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
てんねんじのしゅじょうおにえのおに

天念寺の修正鬼会の鬼

📍 豊後高田市 長岩屋 天念寺 🕰 奈良時代(伝) 怖さ 🏮🏮
六郷満山の天念寺に伝わる修正鬼会は、松明を持った赤鬼と黒鬼が堂内を暴れ回る旧正月の火祭りで、国東の鬼は災いを祓い福をもたらす仏の化身として迎えられる。鬼が参拝者の肩や背中を松明で叩くと無病息災になると伝わり、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
出典・伝承元: 豊後高田市の紹介・国指定重要無形民俗文化財「修正鬼会」の解説
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
はやすひめじんじゃとおおだこのしんけん

早吸日女神社と大蛸の神剣

海の怪 📍 大分市 佐賀関 早吸日女神社 🕰 神代(社伝) 怖さ 🏮
神武天皇東征の折、速吸の瀬戸と呼ばれる豊予海峡で、海女の黒砂・真砂の姉妹が海底に潜り、大蛸が抱え守っていた神剣を取り上げて天皇に奉ったのが始まりと伝わる。剣は禍を断つ御神体として祀られ、以来、好物の蛸を断って願をかける「蛸断ち祈願」の風習が続く。潮流速い海の関の町で、大蛸は今も神の使いとして敬われている。
出典・伝承元: 早吸日女神社の社伝
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
ひめしまのおひめさまとななふしぎ

姫島のお姫様と七不思議

その他の妖怪 📍 東国東郡姫島村 🕰 神代(記紀) 怖さ 🏮
『日本書紀』には、意富加羅国の王子に求婚されて海を逃れた比売語曽の神が、この島に至ったと記される。島にはお姫様が使ったと伝わる湧き水「拍子水」、お歯黒を付けた際に筆と猪口を置いた「かねつけ石」、逆さに挿した柳が根づいた「逆柳」など、姫にまつわる七不思議が今も残る。姫を祀る比売語曽社は、島の氏神として大切に守られている。
出典・伝承元: 『日本書紀』・姫島村の伝承
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
べっぷ ちのいけじごく

別府 血の池地獄

その他の妖怪 📍 別府市 野田 血の池地獄 🕰 奈良時代 怖さ 🏮🏮
煮えたぎる酸化鉄の熱泥が池一面を真っ赤に染める天然の熱泉で、奈良時代の『豊後国風土記』に「赤湯泉」と記された日本最古の地獄とされる。噴気を上げて赤い湯が渦巻くさまは、古くから人の近寄れぬ恐ろしい場所とされ、「地獄」の名で呼ばれてきた。鎌倉時代には一遍上人が荒れ狂う別府の地獄を鎮めて湯治場を開いたとの伝えも残る。
出典・伝承元: 『豊後国風土記』
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
🏮 ヒャッキマップの夜の地図へ →