沖縄県の妖怪・怪談伝承 10選
沖縄県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。
おおぎみのぶながや
大宜味のブナガヤ
沖縄本島北部のやんばるでは、キジムナーによく似た精霊をブナガヤと呼ぶ。赤い毛の童子の姿で川辺や古木に現れ、月夜に魚を捕ったり人と相撲を取ったりすると語られる。自然を粗末にする者の前には現れないという。目撃談が特に多い大宜味村は「ぶながやの里」を宣言し、村内のあちこちにブナガヤ像が置かれるなど、森と共に生きる村の象徴になっている。
出典・伝承元: 大宜味村の口碑・村の紹介
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がーなーむいのうごくしま
ガーナー森の動く島
漫湖のほとりにこんもりと茂るガーナー森は、その昔、意思を持って動き回る化け物の島だったと伝わる。夜ごと真玉橋のたもとへ出向いては人を襲って喰らい、畑を荒らして暴れたため、困り果てた人々の祈りを聞いた神が森の尾に大岩を置いて動きを封じた。さらに魔除けのシーサーを据え、再び暴れぬよう見張らせたという。今は水鳥の集う天然記念物の緑地に、人喰い島の伝説だけが残る。
出典・伝承元: 那覇の口碑・鏡原町のガーナー森伝説(那覇市指定天然記念物の森)
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しきなざかのいにんび
識名坂の遺念火
首里と識名を結ぶ識名坂には、遺念火と呼ばれる怪火の伝えが残る。豆腐を売って夫を支えた働き者の妻が、あらぬ噂を信じた夫の後を追って川に身を投げ、以来、日暮れの金城橋のたもとに二つの青い火が寄り添うように現れるという。沖縄では成仏できない想いが火になると信じられ、各地に遺念火の話があるが、この識名坂のものが最も名高い。坂の下には伝承を記した碑が立つ。
出典・伝承元: 那覇・首里の口碑(識名坂の伝承碑)
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しまじりのぱーんとぅ
島尻のパーントゥ
宮古島の島尻集落には、旧暦9月、蔓草をまとい仮面をつけ、聖なる井戸の泥を全身に塗った来訪神パーントゥが現れる。パーントゥとは宮古の言葉で鬼や妖怪を指すという。人にも家にも新築の家にも構わず泥を塗りつけて回るが、この泥は厄を祓う縁起物で、塗られた者ほど無病息災に過ごせると伝わる。国の重要無形民俗文化財で、ユネスコ無形文化遺産にも登録された。
出典・伝承元: 宮古島市島尻の祭祀(国指定重要無形民俗文化財)
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しゅりのみみちりぼうじ
首里の耳切坊主
「泣くなよー、泣けば耳切坊主が来るよー」。沖縄の古い子守唄に歌われる耳切坊主は、夜な夜な現れて泣く子の耳を切るという恐ろしい怪僧である。その正体は、妖術で首里の人々を惑わし、北谷王子との勝負に敗れて耳を削がれた妖僧・黒金座主のなれの果てと伝わる。愛らしい旋律と恐ろしい歌詞の落差もあって、沖縄で最も怖い子守唄として語り草になっている。
出典・伝承元: 沖縄の童歌と首里の口碑
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ともりのせきちょうおおじし
富盛の石彫大獅子
八重瀬町富盛の丘に据えられた石彫大獅子は、1689年設置と正史『球陽』に記される沖縄最古級の村獅子である。当時富盛では火事が相次ぎ、風水師に占わせたところ「火山」である八重瀬岳の気が原因とされ、山に向けて獅子を据えたところ火事が収まったと伝わる。シーサーを魔除けに置く風習の原点の一つで、沖縄戦の弾痕を体に残しながら、今も同じ丘で山を睨み続けている。
出典・伝承元: 『球陽』・沖縄県指定有形民俗文化財の解説
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のそこまーぺー
野底マーペー
石垣島の北部に尖ってそびえる野底岳は、悲恋の娘の名から野底マーペーとも呼ばれる。18世紀、黒島から野底へ強制移住させられた娘マーペーは、島に残した恋人を想い、せめて故郷を一目見ようと山に登った。しかし黒島の方角は於茂登岳に遮られて見えず、嘆きのあまり山頂で石になったと伝わる。頂の岩はその化身とされ、悲恋の物語とともに登山者を迎えている。
出典・伝承元: 石垣島野底の口碑・八重山の伝承
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ひんぷんがじゅまるのきじむなー
ひんぷんガジュマルのキジムナー
沖縄のガジュマルの古木には、赤い髪をした子どもの姿の精霊キジムナーが棲むという。魚の左目だけを食べ、仲良くなった人には大漁をもたらすが、宿り木を傷つけると祟るとも、夜の海に漁火のような火を灯すとも語られる。名護の街の真ん中に立つ天然記念物ひんぷんガジュマルは、キジムナーが棲むと語られてきた大木の代表格で、今も道の真ん中で人々を見守っている。
出典・伝承元: 沖縄本島の口碑(『南島説話』ほか)
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まだんばしのひとばしら
真玉橋の人柱
那覇と豊見城を結ぶ真玉橋は、架けても架けても洪水で流されたため、「子の年生まれで七色の元結を結った女を人柱に立てよ」との神託が下ったと伝わる。ところが条件に当てはまったのは、神託を告げた女性その人であり、自ら橋の礎に沈んだという。以来橋は流されなくなったと語られる。悲話は琉球芝居の題材にもなり、川辺には旧石橋の遺構が保存されている。
出典・伝承元: 真玉橋の人柱伝説(琉球の口碑)
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もりのかわのはごろもてんにょ
森の川の羽衣天女
泉「森の川」で水浴びをしていた天女が、農夫・奥間大親に羽衣を隠されて天へ帰れなくなり、その妻となって一男一女を産んだ。やがて隠された羽衣を見つけた天女は天へ去るが、残された男の子は成長して琉球中山の王・察度になったと、琉球の正史『中山世鑑』は伝える。羽衣伝説が一国の王統の起源に結び付いた珍しい例で、石積みに囲まれた泉は今も史跡として静かに湧き続けている。
出典・伝承元: 『中山世鑑』・宜野湾市の史跡資料
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