栃木県の妖怪・怪談伝承 9選
栃木県に古くから伝わる妖怪・怪談・伝説のスポットを、出典つきで紹介する。気になる伝承は「夜の地図」で実際の場所をたどってみよう。
あしののゆぎょうやなぎ
芦野の遊行柳
奥州街道の宿場・芦野のはずれ、田のなかに一本の柳の古木が立つ。室町時代、遊行上人がこの地を通ると老翁が現れて道を教え、実は朽ちた柳の精であると明かして念仏を授かり、成仏したと伝わる。この物語は能「遊行柳」となり、西行が「道のべに清水流るる」と詠んだ歌枕としても名高い。後に芭蕉も訪れて「田一枚植ゑて立ち去る柳かな」と詠み、柳は代を継いで今も同じ場所に植え継がれている。
出典・伝承元: 謡曲「遊行柳」・那須町の観光資料
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
いわふねさんのれいこん
岩船山の霊魂
船の形をした岩山・岩船山は、古くから死者の霊が集まる山と信じられてきた。宝亀年間、地蔵菩薩の霊験に導かれた僧・弘誓坊明願が山上に高勝寺を開いたと伝わり、日本三大地蔵の一つに数えられる関東随一の地蔵霊場となった。彼岸には亡き人の面影が山に現れるといわれ、供養の卒塔婆が林立する。採石で削られた断崖の景観も霊山の気配を深めている。
出典・伝承元: 高勝寺縁起
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
かんまんがふちのばけじぞう
憾満ヶ淵の化け地蔵
大谷川の急流が奇岩を噛む憾満ヶ淵の岸には、慈眼大師天海の弟子たちが刻んだと伝わる地蔵が並ぶ。かつては百体近くあったが明治の大洪水で多くが流され、現在は約七十体。行きと帰りで数えると必ず数が合わないといわれ、化け地蔵の名で呼ばれてきた。頭のない像や苔むした像が霧の渓谷に整然と座る光景は、日光でも指折りの幽玄な空間である。
出典・伝承元: 現地の口碑(日光山慈雲寺の並び地蔵)
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
せっしょうせきときゅうびのきつね
殺生石と九尾の狐
鳥羽上皇に寵愛された美女・玉藻前の正体は、九つの尾を持つ金毛の狐だったと語られる。陰陽師に見破られた狐は那須野へ逃れて武士たちに討たれたが、死してなお毒石と化し、近づく人や鳥獣の命を奪い続けた。室町時代に玄翁和尚が杖で打ち砕き、破片は各地へ飛んだという。硫化ガスの漂う賽の河原に殺生石は今も横たわり、令和四年には石が割れて話題を呼んだ。
出典・伝承元: 御伽草子『玉藻の草子』・能「殺生石」
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
せんじょうがはらのかみいくさ
戦場ヶ原の神戦
中禅寺湖の領有をめぐり、下野の二荒神(男体山)と上野の赤城神(赤城山)が争ったと伝わる神戦の地。二荒神は大蛇、赤城神は大ムカデに化して湿原でぶつかり、弓の名手・猿丸の加勢を得た二荒神が勝ったという。神々が戦った場所だから戦場ヶ原、流れた血が沼を染めた場所は赤沼と呼ばれると伝わる。奥日光を代表する地名由来譚である。
出典・伝承元: 『日光山縁起』(戦場ヶ原神戦譚)
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
だいちゅうじのおにとあおずきん
大中寺の鬼と青頭巾
室町の頃、この山寺の住職は寵愛した稚児の死を嘆くあまり、その亡骸を食らって鬼と化し、夜な夜な里に出て墓をあばいたという。諸国行脚の快庵妙慶禅師が鬼僧に青頭巾をかぶせて証道歌の一句を授け、一年後に再訪すると、草むらでなお一句を唱え続ける影があった。禅師が一喝すると鬼は消え、頭巾と骨だけが残ったと伝わる。この伝説は『雨月物語』「青頭巾」の題材となり、寺には七不思議も語り継がれる。
出典・伝承元: 上田秋成『雨月物語』「青頭巾」・大中寺の寺伝(七不思議)
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
どうめき
百目鬼
平安の武将・藤原秀郷が、宇都宮の地で百の目を爛々と光らせる大鬼と出会い、最も明るく光る目を射抜いたと伝わる。手負いの百目鬼は明神山に逃れて毒気を吐き人々を苦しめたが、数百年ののち、塙田の本願寺の智徳上人の法力で改心し成仏したという。県庁近くの小路は今も百目鬼通りと呼ばれ、鬼の面を描いたふくべ細工などとともに、宇都宮の鬼として親しまれている。
出典・伝承元: 宇都宮の伝承(百目鬼伝説)
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
ふたらさんじんじゃのばけとうろう
二荒山神社の化灯籠
日光二荒山神社の神苑に立つ唐銅灯籠は、鎌倉時代に武士が奉納した名品ながら「化灯籠」と呼ばれる。夜に火をともすと炎が怪しく揺らめいて姿を変え、警固の武士たちが化け物と見誤り、幾度も斬りつけたという。縁には七十を超える刀傷が残り、今も間近に見ることができる。名刀を帯びた武士さえ惑わせた妖しの灯籠として、日光山内で語り継がれる怪異である。
出典・伝承元: 日光二荒山神社の社伝(神苑・化灯籠)
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
ふるみねじんじゃのてんぐ
古峯神社の天狗
古峯ヶ原の山懐に鎮座する古峯神社は、日光を開いた勝道上人が修行した地と伝わり、祭神・日本武尊の使いとして天狗が仕えるとされる。天狗は火難や災厄を払うと信じられ、江戸時代には関東一円から古峯講の参拝者が押し寄せた。社殿には日本最大級の大天狗・烏天狗の面が並び、天狗の社の名で親しまれ、多彩な天狗の御朱印でも知られる。
出典・伝承元: 古峯神社社伝
🗺️ 夜の地図でこの場所を見る →
🏮 ヒャッキマップの夜の地図へ →